伊藤一刀斎【払捨刀(ほっしゃとう)】

シン・ニホンジン

一刀流の開祖

なぜ伊藤一刀斎こと伊藤景久を取り上げたかというと、一刀斎が創始した『一刀流』こそ現代剣道のルーツとされているからです。

生まれは1550年、伊豆の大島生まれと言われていますが、諸説あります。

彼は有名な剣豪と違い生まれからワイルドです。

大島に流された流人の子であった一刀斎は、14歳で島を脱出しますが、脱出方法もワイルド。なんと泳いで113㎞先の伊豆半島に漂着します。

師を持たない一刀斎ですが、強い人物を求めて江戸へ剣術修行に出向きます。

そこで中条流の達人、鐘捲自斎のもとに弟子入りします。

そこで数年稽古しただけの一刀斎ですが、ここで学ぶことはなくなった的な発言をし、師と木刀で立ち会うことになります。

普通だったら、そんな無礼な奴は、師にコテンパンにやられて、一から剣を学びなすのが王道でしょうが、強すぎた一刀斎は師の鐘捲自斎を打ち倒してしまいます。

しかも三度やって三度とも勝ったそうです。

一刀斎は師に「師がわたしを打とうとすれば、それがわたしの心に映る。ただそれに応じただけだ。」と言い放ちます。

そんな出来すぎた弟子に師は中条流極意の「五点」(妙剣、絶妙剣、真剣、金翅鳥王剣(こんじちょうおうけん)、独妙剣の5つ)を授けます。

この技名ってとても中二病っぽく感じるのは僕だけでしょうか。

彼の一生は文献が少なく謎に包まれています。それだけ地位を得たり、書を残して名誉を得たいという欲求がなく、ただ強い者と戦って自らの剣の高みを目指した人だったと思います。

払捨刀(ほっしゃとう)

一刀斎の武勇伝にこんなエピソードがあります。

ある夜一刀斎は、なじみの女の酌で酒を飲みすぎ、眠ってしまいます。

その寝込みを複数の男達に襲撃されます。

かねてから一刀斎に恨みを持つ者達が、女を買収した上で寝込みを襲ったわけです。卑怯ですが、まともに戦っても絶対に勝てないほど強かったのでしょう。

絶対絶命の一刀斎ですが、咄嗟に刀を避け、相手の刀を奪い、暗闇の中相手を斬りまくり、危機を脱っしました。

この時の太刀筋を払捨刀と名づけ、後に一刀流の極意としました。

払い捨てる。つまり無念夢想の状態です。

これまで強すぎて、本当に死ぬかもしれない危機的状況に追い込まれた事がない一刀斎でしたが、この時死を目の当たりにして覚醒したのでしょう。

受け継がれる一刀流

一刀斎の弟子である小野忠明は、一刀斎に推薦され徳川家の剣術指南役になっています。

この後、一刀流は色々な流派に繋がっていきますが、有名なところでは幕末で坂本龍馬や山岡鉄舟も入門した北辰一刀流があります。

また現代剣道の剣道を築いた昭和の剣聖、高野佐三郎先生(1862ー1950)は中西派一刀流、警視庁剣道名誉師範だった小川忠太郎先生(1901ー1992)は、小野派一刀流です。

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