はじめに
剣道の指導者を経験した方は、道場運営の大変さを身をもって体感していると思います。
またお子さんに剣道を習わせたことのある親も色々な不満を感じたことがあると思います。
最近はインターネットの普及で全国各地の道場さんの情報を目にすることができます。
試合での活躍など良い面を目にすることも多くなった反面、人間関係などのトラブルなど道場を運営していく上での問題点も以前より目にする機会が増えている気がします。
今回はそんな道場運営の難しさや問題などを見つめ直すことで、今まさに指導をしている方や、お子さんを道場に通わせている方への一助になればと思います。
指導者の視点から
1 人間関係
問題のほとんどが人間関係に尽きると思います。
先ずは保護者との人間関係です。
昔と違って「先生のいう事を絶対聞きなさい」「先生に物申すなんてありえない」という保護者だけではありません。歴史の浅い道場では、行き過ぎた指導をするとクレームになったり、歴史のある道場ではレギュラー選定でクレームが出たりとその道場のレベルによって様々ですが、クレームが出ます。
はっきりクレームを言ってくれる場合はまだ対処ができますが、不満を口に出さずに退会する事の方が多いと思います。最悪の場合、他のお子さんを連れて出ていってしまい道場運営が困難になってしまう場合もあります。
我々指導者は、未成年の生徒さんに指導をしています。保護者とのコミュニケーションの重要性が昔より高くなっている事を再認識する必要がある時代だと思います。
理想は、保護者から尊敬される指導者になるべきだと思います。多くの子供は親の価値観に一番影響を受けます。
稽古の帰りの車の中で親が指導者の悪口を言っていたとしましょう。その子もだんだんその指導者のいう事を聞かなくなっていくのではないでしょうか。
そうならないためにも指導者は剣道の技術を教えることだけが指導ではないと意識しなければいけません。
次に指導者同士の人間関係です。
指導者が多くいる道場でも指導者の少ない道場でも、よく耳にするのが指導者同士のいがみ合いです。
剣道家は良くも悪くも我が強い傾向にある気がします(笑)
そこに加えて儒教の文化が強く残っている剣道界では年長者を敬う文化が強く残っています。
そして剣道は生涯剣道と言われるくらい引退の時期がとても遅く、元気に剣道を続ける高齢者が多くいます。
この事自体はとても良い文化だと思います。
しかし、これらが悪い方に働いてしまうケースもよく耳にします。
よくあるのが、価値観が古く子供達や親御さん達の要望が全く理解できていない年配先生と、子供達や保護者の気持ちが汲み取れる中堅層の先生との意見の対立です。
少なくとも指導方針が同じであればいいのですが、恐ろしいのが、指導者間で指導方針が全く違う場合です。子供達はどの先生の言う事を聞けばいいのか分からなくなってしまいます。
したたかな子供は先生に合わせた剣道をして空気を読む力を伸ばす子もいますが(笑)
そんな思いを子供達にさせないようにするためにも、指導者間で日頃からコミュニケーションを図り、指導方針を一本化しておくべきです。
理想は高齢の先生は、直接子供達に指導するのではなく、子供達と意思の疎通がしやすい中堅層の先生達の指導力を伸ばし、中堅層の先生は高齢の先生に敬意を払い、その教えを分かりやすく子供達に指導できればいいのですが。
2 収益性の低さ
収益の面からお話しさせて下さい。剣道は剣術の流れを汲んでいる関係で、「金儲けなんて」というお金儲けをすると叩かれる文化が今も残っています。
これは江戸時代に士農工商という身分制度があり、剣術を学ぶ武士階級からするとお金を儲ける商人階級をどうしても下に見てしまう価値観があった名残だと考えられます。
武士道の価値観が残っている現代剣道にもこの価値観は生きています。
その他にも剣道の指導者に公務員が多く、ほぼボランティアで活動していることも要因の1つだと考えられています。
保護者からすると他のスポーツに比べると月謝が安くすむことはメリットではありますが、収益性が低いことは良い指導者を産む機会を損失している原因でもあります。
現代日本は資本主義が社会のベースになっているはずです。もう少し運営側が収益を得ることが普通になる価値観が醸成されることを望んでいます。
収益性が改善されたら、剣道指導を生業とする方が今より増えます。そうすると時間や場所に融通が効く指導も可能となり結果、保護者が負担に感じている処問題も改善されるはずです。
3 人材の確保
道場の運営側からすると子供(生徒)不足、指導者不足は深刻な問題です。
ただでさえ小子高齢化で、子供の人口が減っています。
そんな中、サッカーや野球などのメジャーなスポーツよりも剣道を選んでもらうことは大変なことです。
僕もSNSの活用やポスター作成などで少しでも剣道人口を増やそうと広報活動をしていますが、実際に入会してくれるきっかけは、人が人を連れてくるパターンが多いように感じます。
子供の獲得も難しいことながら、指導者の確保はさらに難しい問題です。
理想は顔となる寛容的な館長がいて、中堅どころの年齢の方が指導をして、経験者が数名サポートしてくれる体制が理想ですが、そうは上手くいきません。
剣道経験者で大人になっても剣道を続けており、かつ仕事終わりに子供達の指導ができる方は限られています。
さらにその方達から他の道場で指導していない方で、指導方針や価値観がある程度同じ方となるとハードルの高さを感じます。
また試合の申し込みやレクレーション、日々の雑務などを行ってくれる協力的な保護者の存在を忘れてはいけません。
昔なら順番でやってもらっていたのが当たり前だったかもしれません。
しかし現代では慣習だからという理由だけで、なんの報酬もない道場運営の雑務を当然のようにやってくださる保護者は減ってきています。
テクノロジーを活用したり、省いていい作業は無くしたりと保護者側の負担を減らしたり、指導者側も指導だけでなく事務的な面を行い、保護者の負担を減らす方向で進めるほうが無難な時代になってきている気がします。
保護者の視点から
1 人間関係
子供が道場に在籍し続けるという保護者からの視点でもその難しさを考えていきましょう。
ここでも1番の問題は人間関係だと思います。
例えば、指導者への不満。
善意の指導者。ボランティアでやってくれるのは有難いけど、あの先生の指導はメインの先生と違うことを教えるから‥。
価値観の古い高齢者先生。正直何を言っているか子供達が理解していない。でも高段者だから何も言えない‥。
厳しすぎる指導者。異常に厳しい稽古や罵声、今時こんなに厳しくしなくても‥。
色々な保護者の声が聞こえてきます。でも多くの道場は指導者に物申せる雰囲気ではないですよね。
また、保護者同士のトラブルもあります。
子供同士が仲が悪く、親同士も仲が悪くなったりするパターン。
あの親は全然協力的じゃない等の道場への貢献度の差からくるパターン。
挙げればキリがありませんが、問題の多くは価値観の違いだと思います。
昔の先生の言うことは絶対で、親も協力するのが当たり前という価値観を持っている親とお金を払って子供を習い事に通わせているだけと考えている親同士の価値観が噛み合うことは至難の業です。
コミュニケーションによる相互理解が理想ですが、価値観の違う方と仲良くするのは難しいものです。
現実的にはあまりにも価値観の合わない方に対しては、無理せず自然と距離を置くことをお勧めします。
気に入らない人に固執するあまり、相手を糾弾してしまい、我が子が剣道をやりづらい雰囲気にしてしまっては元も子もありません。
我が子が剣道に集中できる環境づくりを第一に行動するべきでしょう。
2 環境
次の問題は環境についてです。
ここでは稽古仲間や指導者が作り出す雰囲気といった人的環境以外に触れていきます。
先ずは費用についてです。
剣道はそこまで試合結果に固執しない道場であれば初期費用の防具くらいしか大きな負担はありません。
しかし、強豪と言われる道場は別です。本気で稽古しているライバル達に勝つには道場での基礎稽古はもちろんのこと、試合経験を多く積むことが必須になってきます。
他県への遠征や試合が続くと、年間にかかる費用は高額です。
また道場までのアクセス問題もあります。
両親共働きが多い現代では、子供の送迎は結構な負担です。
もし道場がアクセスの悪い場所にあれば尚更負担になりますよね。
いつも子供のために送迎しているご両親は本当に立派だと思います。子供達も将来親の立場になると気づいてくれると思いますよ。
距離もそうですが、時間帯の問題もあります。
ボランテイアで指導している方が多い業界です。指導者の仕事の都合などの道場側の時間帯に合わせるしかないのが現状です。
しかし、他の兄弟の習い事や塾、親の仕事の都合など現代人は時間に余裕がない家庭が多いのです。
その辺の環境がもう少し改善されればと思いますし、指導者の立場の僕も少しでもこれらの問題を解決したいと思っています。
ちなみに僕は、厳しくて費用の高い道場が悪いと言っているわけではありません。
要は、親が子供に対して(子供の意思も尊重して)どのくらいの割合で剣道をやらせたいかで道場を選べばいいと思います。
大学まで剣道推薦で行きたいと考えている家庭であれば、当然費用はかかっても実績のある道場にいくべきです。
またある家庭は勉学に力を入れており、教養のために段をとるまでは剣道をやらせたいと思う場合もあるでしょう。
遊ぶ時間、勉強の時間、運動する時間をバランスよくと考えている家庭もあるかと思います。
色々な価値観があっていいと思いますし、できるだけ保護者や子供の希望に沿った道場で稽古して欲しいと思います。
おわりに
その他の問題も挙げればキリがありません。
ただ個人的な意見を言わせてもらえれば、根本的な問題は価値観の相違にあるのではないでしょうか。
道場に入門する前から「この道場の教育方針はこうだ」と価値観が明確であれば、入って後悔することも少ないと思います。
道場によっては基本コースがベースにあって、本格的にやりたくなったらもう一段階上のコースを用意しているような保護者目線の教室もあるようです。
現代は情報発信が容易になっています。新たに入ってくる入門者が「こんなはずじゃなかった」と後悔しないためにも指導方針など、ある程度の情報発信は必要不可欠かもしれません。
また剣道の本質は、社会に貢献できる人間になることです。
指導者は剣道の技術だけでなく、人としての精神レベルを常に高める努力をするべきだと考えます。
どんなに指導者が綺麗事を言っても、本当は試合に勝って自分の承認欲求を満たしたいだけの人は、いずれ見破られます。
たとえ聖人レベルに到達できなくても、人として成長しようと努力している方は必ず、生徒や保護者が感じ取ってくれます。
指導者は、生徒や保護者に対してこうなって欲しいと望むのであれば、まず指導者自身が人として成長することが根本的な解決策だと考えています。
武力を使わずにインドを独立に導いた指導者マハトマ・ガンディーは、人を変えることについてこんな言葉を残しています。
他人に変わって欲しければ、自ら変化の原動力となるべきだ
ちなみに、人として成長にはあるていど段階があると思います。
本当はとても大切なことなのに、この分野は学校で教えてもらえません。
体系立てて人間の精神的な成長の段階を書いた記事がありますので、興味のある方は参考にして下さい。
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